2008年05月07日
日本の貝塚
大変貴重な歴史ですよね。
縄文時代の貝塚は、日本列島ではおよそ2500個所発見されており、その4分の1近くが東京湾の東沿岸一帯に残されている。中でも千葉県下に集中し、千葉市内は特に分布密度が高く世界最大の貝塚密集地帯になっている。この外貝塚が集中して分布いる地域としては、太平洋沿岸で大きな内湾となっていて干潟がよく発達した仙台湾や大阪湾などをあげることができる。
東京湾岸に集中している多くの貝塚の作られ方が時期によって違う。縄文早期では、竪穴住居や小さな調理施設である炉穴の中に捨てられている場合が多く、縄文前期にも早期と同じような貝塚が形成されている。縄文中期になると住居がムラのほぼ中程の広場を囲んで配置されていて、それらの住居に貝塚が残されたので、結果として環状の貝塚が形成されたように見える。加曽利貝塚などがこれに類する。
日本列島は、酸性土壌であるため骨などの有機物が残り難い。しかし、貝塚は大量の貝殻のカルシウム分が豊富なために土壌をアルカリ性に保ち、鳥獣や魚などの骨格がよく保存れているので、当時の生産や海辺の生活を知る貴重な遺跡となっている。
貝塚が太古の人々の遺したものであるという考えは明治以前にもあった。日本での本格的な貝塚研究の最初は、1877年にアメリカの動物学者エドワード・S・モースが東京都大田区の大森貝塚を発見し発掘調査したものである。
最も古いとされている貝塚は、千葉県の西之城貝塚と神奈川県の夏島貝塚であり、紀元前7500年頃の縄文時代早期前半の土器が両貝塚から出土している。
日本人によって初めて本格的な発掘調査、報告が行なわれた貝塚は、茨城県稲敷郡美浦村の陸平貝塚である。1905年には、横浜に居留していたイギリス人医師ニール・ゴードン・マンローによって、縄文時代後期から弥生時代前期の貝塚である「三ツ沢貝塚」(横浜市神奈川区)が発見される。
場所によっては貝殻がきれいに整列されているところもある。久米島町の貝塚では、貝札などが同時に発見され、単なる「貝塚=ゴミ捨て場」説に一石を投じる発見がなされた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
賃貸保証人 仲谷 ですよ?
4098 私設私書箱 早津 の平凡な日常
2898 駿河 のブログ的独り言
3198 上久保 のブログ的独り言
3498 仁尾 のブログ的独り言
3799 エステ 石 のたまーに考えること
4099 エステ 早藤 のたまーに考えること
4398 賃貸保証人 滝井 ですよ?
- Permalink
- by
- at 00:55
- Trackbacks (0)